ハスラーが人気のワケ
スズキの新型軽自動車ハスラーが、「ワゴンR以来の好調なスタート」(スズキ広報部)という記録的な猛スピードを発揮している。
スズキが投じた一石を徹底解剖してみることにしよう。
副社長陣頭指導の特別開発チーム結成
2013年の東京モーターショーでお披露目され話題を集めていたハスラー。
発売前から事前受注が好調だったが、発売から10日ほどすぎた1月19日の日本経済新聞に「2万5000台以上を受注したため2割増産する」内容の記事が躍った。
スズキは、伝統的に発売直後の受注台数を公表していないため、2万5000台の根拠は正確ではないが、ワゴンR以来というのだからスズキにとっては史上最高の出足と言える。
あなたはご存知かもしれないが、今までの、狭い軽自動車のイメージを解消する革命的なニューカーで、すぐに大人気となり発売後数力月で増産体制をとった。
クロスオーバーSUVのハスラーは、その革命的ワゴンRに匹敵する売れゆきである。ある調査によると、納車は2トーンカラーが8ヵ月、モノトーンでも4ヵ月かかるという。
2トーンモデルにいたっては、いま発注して納車がなんと 10月になる超人気振り。
この爆発的な新車は、どのような道筋で生まれたのだろうか。
どうも鈴木修会長兼社長の直感の産物のようで「Keiのような車が欲しい」という個人的な要望を聞いた鈴木会長は直ちに行動にうつしたのだ。ふつうの自動車メーカーなら、トップが得た情報をまず会社内で研究し、市場ニーズを調査するでしょう。
ですが今までのプロセスとは違ったのです。
会長がいけると判断すると、田村副社長を中心とする特別開発チームを結成した。それから2年ほどで市販にこぎつけたと言われる。
大人気のハスラーの陰には
ハスラーは会長の第一感だったかもしれないが、それを製品化したのは、エンジニアをはじめとしたスズキ社員の努力のたまものに違いない。
前の文で、まるで実施しなかったかのような印象を与えてしまったかもしれないが、短期間でマーケットリサーチもしたにちがいない。
スズキという会社の根底には、「お客さま第一主義」がある。何をおいても、社是の第一を「消費者の立場になって価値ある製品を作ろう」としているほどだ。
この価値ある製品、がくせ者といっていい。
私たちにとって価値ある車とは、「ニーズにぴったりでお手頃な車」だと思う。
もちろんニーズも重要だが、最も重いのが価格、安さであることはいうまでもないからだ。
’79 年5月に登場した初代アルトを振り返れば、これも軽自動車の常識をがらりと変える車だった。
4ナンバーで商用車登録だから税金が安い。このときの価格は、破格の47万円だった。
CMで「アルト47万円」と大々的にアピールして人々の記憶に残った。当時、流行語大賞があれば、間違いなく大賞候補だろう。
形はボンネットバンでFF駆動。中はまあまあ広いが、その広さを前席に割くという思い切ったレイアウトを採用したのもすごいものだった。
前席は乗用車くらいの広さと乗り心地。
そのぶん、後席は目をつぶった設計だ。この思想は、当然ライバルメーカーも後追いを行なっている。
さらに、徹底したコストカットで実現した47万円。ワゴンRも今回のハスラーも、新ジャンルのパイオニアとしてはリーズナブルな価格設定も人気の要因と考えられる。
当たり前ですが、パーツの流用や原材料費の節減、生産体制の効率化などのコストダウンは行っている。
でも、それではライバルに勝てない。
さらにコストをどこで下げているのか。これこそが、スズキの本質。社員が爪に火をともすように経費を削っているわけだ。
研究開発費に注目したい。スズキの’13年3月期の研究開発費は1192 億円.THNの大手3社は別格として、第2グループのなかでは圧倒的に多い。スズキは、伝統的に研究開発費を惜しまないメーカー。
消しゴムをなくすために鉛筆禁止
次は、スズキ社員による、節約の実態報告。なにより、社員が「ウチの会社は昔からそうだった」と疑わないところがスズキらしい……。
「蛍光灯を間引くなんて、かなり前からやっています。事務所では、スイッチのひもが付いていて、離席する際は自分の上の蛍光灯を消します」
「クールビズが始まるはるか昔から事務所のエアコンが夏高く、冬低い温度設定でした。
必然的に夏はクールな服装、冬は重ね着になります」
さらにこんな証言も。
「ある時、事務所中の文房具が集められ無駄のチェック。
そして出たのが鉛筆禁止です。間違えたら消しゴムで消しますが、その消しゴムが無駄。
ボールペンなら2本線を引けばすむというのです。ついでに、消しゴムで消す時間も無駄だと」。
さらに、「カラーコピーも廃止、ホッチキスは課にひとつ」と聞くと、耳が痛くなることばかりだ。
スズキは、浜松に本社を構えるが、支店は全国に東京の1カ所だけ。
それも渉外と広報部門だけという、東京に必要な部門の最小限スタッフによる小規模支店だ。
こういった、小さな組織 によるコスト削減も徹底している。
それが研究開発費と価格引き下げに回っている。
少し大袈裟かもしれないが、社員の爪に火をともすような会社生活から誕生したハスラー。
この人気がいつまで続くのか。
アルトやワゴンRのように軽自動車の革命的クルマとして、後世に名を残すことを、厳しい環境で業務を遂行している全スズキ社員に成り代わって祈願することを願いたい。